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静岡地方裁判所 平成元年(行ウ)9号 判決

原告

赤石作三(X1)

大村悌治郎(X2)

中村茂(X3)

森由紀子(X4)

大野紀子(X5)

右五名訴訟代理人弁護士

西山正雄

被告(静岡市長)

天野進吾(Y)

右訴訟代理人弁護士

小野森男

理由

一  本件訴えの適否について

1  原告らは、被告及び専決の権限を有するその補助職員がした請求原因2の各支出負担行為及び支出命令が違法であるとして、右各行為につき平成元年六月二六日に行った監査請求を経て本件訴えに及ぶとするものであるが、右の各財務会計上の行為のうち、設計委託料の支出にかかる支出負担行為及びそのうちの八〇〇万円と一三八三万円の支出にかかる各支出命令、地質調査委託費一八〇万円の支出にかかる支出負担行為及び支出命令並びに調査旅費のうち一三万六五〇〇円の支出にかかる支出負担行為及び支出命令は、いずれも、昭和六三年六月二五日以前になされたものと主張する(設計委託料及び地質調査委託費の支出にかかる支出命令の日は明確ではないが、右各支出の日は昭和六三年六月二五日以前である。)。そこで、原則として監査請求期間を当該行為のあった日又は終った日から一年とし、正当な理由があるときのみ右期間を経過した監査請求を許容する地方自治法二四二条二項に照らして、右の昭和六三年六月二五日以前になされた各行為が適法な監査請求を経たものであり、ひいては、本件訴えのうち、右各行為に基づく部分が適法な訴えであるかどうかを検討することとする。

2  原告らは、請求原因2の各支出負担行為及び支出命令は、いずれも本件事業遂行のためになされた一連の公金の支出を目的とする行為であるから一体のものとみるべきであり、右一連の公金の支出を目的とする行為に基づく最終の支出が現実になされた日である昭和六三年一二月一三日が、右各支出負担行為及び支出命令についての当該行為の終わった日に当たるものと主張する。

しかしながら、原告らの主張を前提としても、右各行為を違法とする事由は、各行為が個別に具有し、損害の有無についても各別に問題とし得るものと考えられ、最終の支出を待たなければ監査請求をするのに特段の支障が生ずるものとは認められないところ、地方自治法二四二条一項が、監査請求の対象となる財務会計上の行為を個別的に限定列挙していることに照らし、それぞれが独立して監査請求の対象となりうる適格を有しているとみられること、及び同条二項が監査請求に期間制限を設けているのは、監査請求の対象が普通地方公共団体の機関、職員の行為である以上、いつまでも争い得る状態にしておくことは法的安定性の見地からみて妥当でないとの趣旨に出るものと考えられることに鑑みれば、右各行為についての監査請求期間の起算日は、個々の行為について、それがなされた日の翌日と解すべきものであり、原告らの右主張は失当である。

3  原告らは、また、請求原因2の(一)の建築設計業務委託契約(昭和六三年四月一六日締結の建築設計業務変更契約を含む。)は、昭和六三年一二月一日に合意解除されて、静岡市が受託組合に支払う設計委託料の額は同日確定されたものであるとして、それ以前の支出は仮払いに過ぎないから、設計委託料に関する各支出負担行為及び支出命令については、右合意解除の日の翌日を監査請求期間の起算日と解すべきである旨主張する。

しかしながら、請求原因2の(一)の原告らの主張によれば、右建築設計業務委託契約及び建築設計業務変更契約は、それ自体が設計委託料の支出についての支出負担行為に該当し、これに基づいて設計委託料八〇〇万円及び同一三八三万円の各支出命令及び各支出行為がなされたものと解されるところ、右建築設計業務委託契約及び建築設計業務変更契約がその後に合意解除されたからといって、右各支出行為がにわかに仮払いに変ずるものと解する余地はないし、また、右合意解除は、その法的性質上、右各契約によって生じた静岡市の設計委託料支払債務の一部を消滅させるものではあっても、右設計委託料支払債務を新たに生じさせるものとはいえないから、それ自体が設計委託料の支出に関する支出負担行為その他の新たな財務会計上の行為に当たるとすることもできない。そうすると、原告らの右主張は失当である。

4  原告らは、さらに、昭和六三年六月二五日以前の行為については監査請求期間経過後に監査請求がなされたとしても、知事が本件許可申請に対して不許可処分をするか、又は被告が右許可が受けられる見込みがないとして本件事業の遂行を断念したときでないと、請求原因2の各支出負担行為及び支出命令が違法であることは確定しないと考えられるから、その違法が確定するまでの間、監査請求の申立てを控えることについては、正当な理由があるものと主張する。

しかしながら、原告らは、本訴において、被告が市民ホール等の建設につき事前に知事と協議をし、その内諾を得て、風致地区内行為許可を得られる見込みがあることを見極めたうえで、本件事業の遂行に伴う公金の支出をすべき義務があったとしたうえで、右事前協議及び内諾を経ないまま本件事業を遂行したことに伴ってなされた請求原因2の各支出負担行為及び支出命令が違法であると主張するものであって、右主張に従えば、右各行為の違法は、それがなされたときに確定しているはずであり、知事の本件許可申請に対する不許可処分又は被告の本件事業の遂行の断念によって、初めて右各行為が違法となる訳のものではない。

のみならず、監査請求期間内に監査請求をすることを妨げる事由があったとしても、その後監査請求をなし得る状態となった時には遅滞なく監査請求をするのでなければ、右事由は結局地方自治法二四二条二項所定の正当な理由に該当するものとはいえないと解すべきであるし、また、監査請求を妨げる事由があったとしても、その後監査請求をなしうる状態となった時に未だ監査請求期間を相当程度残しているような場合には、右期間内に監査請求をすべきであって、右事由を正当な理由として考慮する余地はないものというべきであるところ、仮に、本訴における原告らの主張が、知事の本件許可申請に対する不許可処分又は被告の本件事業の遂行の断念によって右各行為の違法が初めて確定したというものであり、かつ、原告らの主張のとおり、右各行為の違法が確定するまでの間、監査請求の申立てを控えざるを得なかったものとしても、〔証拠略〕によれば、被告は昭和六三年一〇月一七日の市議会全員協議会において本件事業の遂行断念を表明し、同日その旨の新聞報道がなされたことが認められるから、その時点で監査請求を妨げる右事由は消滅したはずであり、したがって、右事由は、昭和六三年六月二五日以前になされた各支出負担行為及び支出命令につき、その消滅後八か月余を経過した平成元年六月二六日まで監査請求をしなかったことについて正当な理由に当たるものということは到底できない。

そうすると、いずれにせよ、原告らの右主張も失当であるといわざるを得ない。

5  以上によれば、本件訴えのうち、支出負担行為及び支出命令のいずれもが昭和六三年六月二五日以前になされたものであるとする、昭和六二年一一月二六日支出にかかる設計委託料金八〇〇万円、昭和六三年五月六日支出にかかる設計委託料金一三八三万円、同年三月一六日支出にかかる地質調査委託費金一八〇万円及び同年六月二五日までの支出にかかる調査旅費一三万六五〇〇円につき、これが違法な公金の支出に当たるとして、被告に対し静岡市への損害賠償を求める部分は、不適法な訴えとして却下を免れない。

なお念のため付言するに、〔証拠略〕によれば、原告らのした監査請求は、静岡市監査委員によって、昭和六三年六月二五日以前の公金の支出を目的とする行為にかかる部分も含め、その全部が適法な監査請求として受理され、監査の対象とされていることが認められるが、地方自治法二四二条の二は、適法な監査請求の前置を住民訴訟の要件としているのであり、監査委員が不適法な監査請求を誤って適法な監査請求として処理したからといって、不適法な監査請求の瑕疵が治癒されるものではないから、静岡市監査委員による右の処置は、本件訴えの一部が不適法であることを左右するものではない。

二  そこで、以下、原告らのその余の請求の当否について判断する。

1(一)  請求原因1(当事者)の事実、同2(公金の支出)の(一)並びに(二)の(2)及び(3)の各事実、同3(公金の支出の違法)の(一)のうち、(1)ないし(3)及び(5)の各事実並びに(4)のうちの文化会館新築許可申請の申請書に添付された配置図では本件予定地も植樹される区域とされていたとの点を除くその余の事実、同(二)の(1)の事実並びに同(2)のうち市民ホール等の建築物の高さが六条の基準を超えていたこと、及び被告が知事から本件許可申請に対する許可を事実上拒否されて、昭和六三年七月二二日に本件許可申請を取り下げ、結局本件事業の遂行を中途で断念したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

(二)  また、後記3で認定する事実に〔証拠略〕を総合すると、風致地区内において、建築物その他の工作物の新築、増築等を行うにつき風致地区内行為許可の申請をする場合には、風致地区条例施行規則二条により、申請書に、案内図(原則として縮尺二五〇〇分の一)配置図、植栽計画図、公図写、平面図(縮尺五〇分の一ないし三〇〇分の一の範囲内)、立面図(二面以上、外観意匠色彩)の各図面及び現況写真その他の書類を添付することを要するものとされていること、右の各図面は、静岡県の指導により、当該建築物等についての実施設計を踏まえた程度のものであることが必要とされていること、請求原因2の各支出負担行為及び支出命令は、主として、市民ホール等の建設についてかかる図面の作成を含む風致地区内行為許可の申請をするための準備に該当する行為をするためになされたものであること、を認めることができる。

2  原告らは、請求原因2の各支出負担行為及び支出命令(右一の昭和六三年六月二五日以前になされたものを除く。以下同じ。)の違法事由として、被告において、市民ホール等の建設につき事前に知事と十分協議をし、その内諾を得て風致地区内行為許可を得られる見込みがあることを見極めたうえで、本件事業の遂行に伴う公金の支出をすべき義務があったのに、この義務を怠り、知事と協議してその内諾を得ることをしないまま漫然と本件事業を遂行し、これに伴って右各支出負担行為及び支出命令がなされたということを主張する(他に、右各支出負担行為及び支出命令が、予算に基づかず、あるいは財務会計法規に直接違背する等の主張はない。)。

ところで、市長は、当該市の行政当局の長として、いかなる行政施策を行うかにつき法令の範囲内で広範な裁量権限を委ねられており、したがって、当該行政施策に伴う公金の支出を目的とする行為(市長が自ら行う場合のほか、補助職員の専決による行為について監督権限を行使する行為を含む。以下同じ。)についても、予算及び財務会計法規による規制の範囲内でこれを行うか否かの裁量権限を有することは明らかである。そして、市長が一定の行政施策の遂行のために公金の支出を目的とする行為をした場合において、当該行政施策が何らかの事情により完遂されず、結果的に中途で断念される結果に至ったとしても、そのことによって当然に右公金の支出を目的とする行為が違法とされる訳のものでないことはいうまでもない。

しかしながら、右のような場合において、市長のした公金の支出を目的とする行為が、形式的にはその裁量権限の範囲内にあるものとしても、例えば、当該事業の遂行が不可能であることを承知していながら、他の目的のためにあえて公金の支出を目的とする行為をしたとすれば、右行為は、裁量権限の濫用にわたるものとして違法な行為とされることが明らかであるが、そのような程度にまで至らなくとも、当該事業の遂行に当たって、他の行政庁の許可等を得ることを必然的に要する関係にあり、かつ、右許可等を得ることが極めて困難であることが合理的に予測されるような場合であれば、当該事業の遂行のため公金の支出を目的とする行為をするについても、その支出効果の確保を図るために、事業遂行の過程における段階に応じて、許可権者と協議する等の方法により当該事業完遂の見込みの有無を合理的に判断しながら、これを行うべき法的義務が生ずることがあるものというべきであり、したがって、かかる点に全く配慮することなく、公金の支出を行うことを目的とする行為をしたとすれば、同様に、裁量権の濫用にわたる行為として違法とされることがあり得るものと解するのが相当である。

そして、本件において、請求原因2の各支出負担行為及び支出命令の違法をいう原告らの右主張は、必ずしも趣旨明確でないところもあるが(原告らは、知事の内諾を得てから本件事業の遂行に伴う公金の支出をすべき義務があったとも主張するが、右1の(二)のとおり、請求原因2の各支出負担行為及び支出命令は、主として風致地区条例施行規則二条によって申請書に添付することが要求されている図面の作成等、市民ホール等の建設について風致地区内行為許可の申請をするための準備に該当する行為をするためになされたものであるところ、風致地区条例及び風致地区条例施行規則の関係規定に鑑みれば、知事は、右許可の申請があったときは、申請書及びこれに添付された右のような図面、書類等を審査したうえで、その許否を決するものとされていることが明らかであるから、仮に右の知事の内諾というのが、知事の風致地区内行為許可を行うであろうとの判断ないしはその旨の約束を意味するものとすれば、右主張は、審査のための資料を提供することなくして、実質的に知事の許可を得ることを要求するに等しく、その失当であることは明らかというべきである。)、本件事業が、市民ホール等の建設についての風致地区内行為許可を必然的に要する関係にあり、かつ、その主張にかかる本件土地の従前の利用の経緯に鑑みて、右許可等を得ることが極めて困難であることが合理的に予測されるのであるから、被告において知事との協議を尽くして、右許可の取得の可能性ひいては本件事業完遂の見込みの有無を合理的に判断した上で右各支出負担行為及び支出命令がなされるべきであったのに、被告は知事と協議等をして、本件事業完遂の見込みの有無を判断することを怠り、現実には、知事の右許可を得られる可能性がなく、したがって本件事業完遂の見込みがない状態であるのに、右各支出負担行為及び支出命令がされたものとして、右各行為を違法と主張するものであると解される。

そこで、以下、右主張について判断することとする。

3  〔証拠略〕を総合すると、本件土地の従前の利用の経緯、本件事業の概要及び進捗状況並びに本件事業が遂行されている間の、静岡市と静岡県との折衝に関する状況等につき、以下の事実が認められる。

(一)  静岡市は、昭和四二年一一月六日、大蔵省から静岡刑務所跡地である本件土地の払下げを受けたが、同土地は、昭和四六年一二月八日、昭和五三年四月一七日、昭和五五年一〇月三〇日にそれぞれ公衆用道路として同番三、四、五、六の各土地が分筆され、現在の登記簿上の面積は五万一三四一・六三平方メートル、実測面積は五万二一一一・八三五平方メートルである。

(二)  静岡県は、昭和二三年九月一〇日、風致地区取締規則を制定し、同規則二条により、旧都市計画法一〇条二項に基づいて指定を受けた風致地区内の土地である本件土地内において、建築物の新築、改築等の行為をするには、知事の許可を受けなければならないこととされた。また、静岡県は、昭和四五年三月二〇日、都市計画法五八条一項に基づく条例として、静岡県風致地区条例を制定して同年六月一四日から施行し、それに伴い同日風致地区取締規則を廃止したが、本件土地は、同月一五日に風致地区条例四条一項の第二種風致地区に指定された域内風致地区に含まれ、その結果、本件土地内で建築物の新築、増築等をするためには、風致地区条例二条一項により、あらかじめ知事の風致地区内行為許可を受けなければならないこととされた。なお、風致地区条例には、第二種風致地区内における建築物(仮設の建築物及び地下に設ける建築物を除く。)の新増築についての右許可の基準として、請求原因3の(一)の(3)のとおりの定め(六条の基準及び六条ただし書)がある。

(三)  静岡市は、昭和四四年に本件土地の一部に体育館を新築することを計画し、当時の静岡市長において、同年一〇月二二日、知事に対し、敷地面積を一万四四〇一・七平方メートル、建築面積を四〇七一平方メートル、建物割合を二八パーセントとする計画により、風致地区取締規則二条による風致地区建築行為許可申請をし、昭和四五年四月七日、知事から右許可を受けて体育館を新築したが、右許可には「建築物周囲を修景のため植樹又は張芝により緑化すること。」との条件が付されていた。

(四)  静岡市は、昭和四六年ころから、本件土地のうち右(三)の体育館の敷地に供した部分を除く部分全部を敷地として文化会館を新築することを具体的に計画し、昭和四七年末ころ、民間の建築設計事務所との間で設計委託料を五二〇〇万円とする文化会館の実施設計委託契約を締結し、右実施設計が完成した後である昭和四八年一一月八日、当時の市長において知事に対し、敷地面積を右部分の面積に相当する四万一一三八平方メートル、建築面積を九三〇〇平方メートル、建物の高さを三一・六メートル、建物割合を二三パーセントとする計画により文化会館新築許可申請をした。なお、この申請に添付された配置図には、右の文化会館の敷地のうち、本件予定地に相当する部分は、概ねその周縁部にほぼくまなく植樹する旨が図示されていたが、その中央部分には植樹がなされるとの表示はなく、「既存駐車場」との記載があるのみであり、文化会館新築許可申請の申請書及び他の添付図面、書類によっても、右部分をいかなる用途に供するかは明確でなかった。知事は、文化会館新築許可申請にかかる建築物の高さが六条の基準を大幅に超えるものであったことから、同申請案件を風致審議会に諮問したところ、風致審議会は、昭和四九年三月二五日の議事を経て、申請のとおり建築を許可する旨の答申をしたので、知事は、同年六月六日、六条ただし書を適用して文化会館新築許可をしたが、その際、右許可に、(1) 工事着手にあたり許可標識板を掲出すること、(2) 敷地内に修景のため植樹すること、(3) 市民会館にともない域内地区の交通量・駐車場施設の検討をすることとの条件を付した。

静岡市は、右許可のあった後、本件土地内において文化会館の建設に着工し、昭和五三年七月一五日、これを完成させた。

(五)  その後、本件土地内においては、昭和四九年一二月二六日に屋内プールを新築することにつき(建築面積約一九一〇・二五二平方メートル)、また、昭和五五年五月二九日に右(三)の認可申請において体育館の敷地とされた部分の一部に弓道場を増築することにつき(増築面積一一〇四・二四平方メートル)、それぞれ風致地区内行為許可がなされて、いずれもそのころ右各新増築がなされた。

(六)  本件予定地は、右(四)のとおり、文化会館新築許可申請においてその敷地の一部とされていたものであるところ、静岡市は、本件予定地を、文化会館新築前である昭和四三年九月から市営城内駐車場として利用してきており、文化会館の建設完成後も、同様に市営駐車場として利用を継続していたが、本件予定地の概ね東側半分については、昭和五三年一二月二八日に風致地区内行為許可を得たうえで(なお、右許可には、(1) 工事の着手にあたり、許可標識板を掲出すること、(2) 敷地内に修景のため植樹をすること、との条件が付されていた。)、これを敷地とする建物を建築し、昭和五四年四月から消防署仮庁舎として、後には静岡市水道局仮庁舎として昭和六一年八月まで使用した後、昭和六二年一〇月ころ同建物を解体収去した。また、本件予定地の概ね西側半分は、右建築物の建築後も市営城内駐車場の用地とされており、昭和五七年三月に市営城内駐車場が廃止された後も、本件事業に伴う作業に着手するまで公用駐車場としてその利用が継続されていた。

(七)  被告の前任者である河合代悟を市長とする静岡市行政当局は、市政一〇〇周年記念事業施設整備計画の一環として、市民ホール及び婦人会館建設の計画を立て、昭和六一年一一月七日ころ、市の関連部長会において本件予定地に市民ホール等を建設することを内容とする本件事業を決定した。そして、河合代悟市長は、昭和六二年第一回静岡市議会定例会に提出して同年三月一三日に原案通り可決された昭和六二年度一般会計予算案に、一〇〇周年記念会館建設費として、地質調査及び建築設計委託等の経費約一億〇一〇〇万円を計上していたほか、他の科目に埋蔵文化財発掘調査等の経費として約一〇八七万円を計上していたが、市民ホール等の建設予定地が本件予定地であること自体は公表しなかった。

(八)  風致地区条例施行規則一二条は、同規則の定めにより知事に提出する書類は行為地を管轄する市町村長を経由すべき旨、及び市町村長は右書類を受け取ったときは意見を付して遅滞なく知事に提出すべき旨を定めており、風致地区内行為許可の申請についても、右規定によって、市町村長が、その申請書及び添付書類の受理、内容の審査及び知事への進達事務を行うものとされている。そして、昭和六二年ないし昭和六三年当時においては、静岡県の行政組織上、静岡市を行為地とする風致地区内行為許可にかかる事務で行為面積二万平方メートル未満のものは静岡土木事務所が(静岡県行政組織規則(昭和四四年静岡県規則七号)一〇三条、静岡県事務決裁規程(昭和三九年静岡県訓令甲第四号)別表二)、これを超える行為面積にかかるものは都市住宅部都市整備課(以下「県都市整備課」という。)が分掌し、また、静岡市の行政組織上、風致地区に関する事務は都市整備部公園緑地課(以下「市公園緑地課」という。)が分掌して(静岡市処務規則(昭和二二年静岡市規則第一号)三条)、それぞれ右事務を取り扱っていたところ、昭和六二年一月、静岡市における本件事業の担当部局である教育委員会社会教育課(以下「市社会教育課」という。)からの依頼を受けて、市公園緑地課の主査である森山正憲が、県都市整備課及び静岡土木事務所を訪れ、それぞれの担当の職員に対し、本件事業の目的として本件予定地に建設しようとする市民ホール等の高さが六条の基準を四ないし五メートル程度超える予定であることを説明して、風致地区内行為許可がなされる見込みについて打診し、併せて必要な措置等についての助言を仰いだところ、県都市整備課の職員から、本件予定地の周辺には既に右基準を超える高さの建物が存在している現状からみて、右許可がなされる見通しはあるが、風致審議会に諮問される案件となるから、そのためにふさわしい設計図面等を準備して、許可申請書を提出するようにとの説明及び助言を受け、他には特段の指摘ないし助言等はなかったので、その旨を市社会教育課及び工事担当部局である公共建築課(以下「市公共建築課」という。)に伝えた。そこで、右各担当部局は、市民ホール等の建築につき、風致地区内行為許可を得られる見込みがあるとの判断の下に、そのころから、右許可申請のための準備行為を含め、本件事業遂行のための具体的な作業に着手した。

(九)  被告は、昭和六二年第一回静岡市議会定例会終了後に施行された静岡市長選挙に立候補して当選し、昭和六二年五月二日に静岡市長に就任したが、その就任当時、右(八)のとおり、既に着手されていた本件事業を継続して遂行することを決め、そのころから昭和六三年にかけて、本件予定地内の埋蔵文化財発掘調査、右(六)の水道局仮庁舎に使用されていた建物の解体収去工事、地質調査委託契約の締結等、本件事業遂行のための作業が引き続いて行われた。

なお、本件予定地内において埋蔵文化財発掘調査(本調査)を行うため、風致地区条例三条一項三二号(文化財等の保存にかかる行為につき同条例二条を適用しない旨及びこれを行う際には知事に事前通知をなすべき旨を定めた規定)に基づき、昭和六二年八月一八日付けで被告から知事宛てに提出され、同年九月一日付で受理された通知書には、その行為の目的欄に「市民ホール建設事業に伴う埋蔵文化財発掘調査」と、跡地利用計画欄に「市民ホール建設」とそれぞれ記載されていたが、この通知書の記載に関して静岡県側から静岡市側に対し何らの指摘や注意等もなされなかった。

(一〇)  被告は、静岡市を代表して、昭和六二年一一月四日、受託組合との間で設計委託料を八〇八八万円とする市民ホール等の建築設計業務委託契約を締結し、昭和六三年三月三一日に、市民ホール部分と婦人会館部分を別棟とし、高さを二八メートル、床面積を合計三八一二・六一三平方メートルとする基本設計を受領したが、さらに同日及び同年四月一六日にそれぞれ受託組合との間で建築設計業務変更契約を締結し、後者の変更契約においては、設計委託料を増額して九二二三万一〇〇〇円とする旨を約した。

(二) 静岡市の本件事業担当部局は、昭和六三年四月一三日、申請者を被告として、本件許可申請の申請書及び添付書類を市公園緑地課に提出した。本件許可申請にかかる建築行為の内容は、本件土地内の本件予定地に建築面積合計三八一二・六一三平方メートル、建物の高さ二八メートルの市民ホール等(ただし、別棟の市民ホール部分及び婦人会館部分と、両者を連絡するアーケード部分によって構成される。)を建設するというものであるが、その建物割合の計算に当たっては、市民会館新築許可申請の際と異なり、実測面積五万二一一一・八三平方メートルの本件土地全体にこれと隣接する堀の部分(静岡市駿府町二二九番一二二、用悪水路、二三一三平方メートル及び同所同番一二五、池沼、三二八八平方メートルの各土地)を併せたものを敷地として、その敷地面積を五万七七一二・八三平方メートルと算出し、他方、本件土地内の既存建物である体育館、文化会館、プール、弓道場等の合計建築面積一万七八八四・一平方メートルに、市民ホール等の建築面積三八一二・六一三平方メートルを加えて算出した二万一六九六・七一三平方メートルを建築面積とする方法をとって、建物割合を三七・六パーセントとするものであり、これに符合させるため、建築行為の種類を新築ではなく、増築とするものであった。なお、仮に、敷地から堀の部分を除外して、同様の方法により建物割合を求めると約四一・六パーセントとなるところ、これは六条の基準である一〇分の四を超えることになる。

(三) 市公園緑地課は、右(二)のとおり、昭和六三年四月一三日に本件許可申請にかかる許可申請書の提出を受けた後、図面の一部手直しをさせたうえ、右許可申請書の内容を静岡県の担当部局において進達前に事前検討してもらうため、同月一六日、静岡土木事務所に右許可申請書を事実上送付した。その後、同年五月一三日に静岡市の本件事業担当部局である市社会教育課及び市公共建築課の各担当職員が、県土木事務所都市計画課に赴いて、本件許可申請について説明し、引き続いて同月一六日に右担当職員らと市公園緑地課の鈴木和喜課長補佐とが、県都市整備課に赴いて、本件許可申請の内容について説明したところ、同課の牛山主幹が、事前の相談もなく本件事業の計画を進めたとして静岡市側を非難し、さらに、文化会館新築許可に付された条件により本件予定地の周囲は樹木で覆うことになっていたなどの指摘をするとともに、静岡市が市民ホール等を建設するのであれば、本件土地につき風致地区条例に基づく風致地区指定を解除することを検討すべきではないかなどといった意見を述べた。

(一三)  静岡市の本件事業担当部局及び市公園緑地課は、本件土地につき風致地区指定の解除をすることは困難であると判断してその旨県都市整備課に伝え、さらに本件許可申請に対する許否の問題について、昭和六三年六月二四日、同年七月六日及び同月一一日、市社会教育課、市公共建築課及び市公園緑地課の担当職員が、県都市整備課の担当職員と協議を重ねたところ、同月一一日には、県側より、提出済みの資料に加え、文化会館を含んだ立面図、敷地範囲を明確にする資料及び発掘調査前の写真の提出を求められて、右資料を追加提出した。その後、同月一八日、市公園緑地課は、意見を付して本件許可申請にかかる申請書等を静岡県側の窓口である静岡土木事務所に進達したが、同月二二日、県都市整備課担当職員から、協議が整っていないので許可申請書を戻す旨の電話連絡があり、同日静岡土木事務所からその返戻を受けた。

(一四)  その後も昭和六三年七月二三日から八月一九日までにかけて、市社会教育課、市公共建築課及び市公園緑地課の担当職員らが、県都市整備課の担当職員と数回にわたって協議したが、この過程で、静岡県側からは、従前から指摘していた文化会館新築許可に付された条件による本件予定地内の植樹の必要性の問題のほか、本件許可申請にかかる建物割合の算出に当たり堀の部分を敷地に加えることの当否や、体育館、文化会館の建築時になされた風致地区内行為許可の申請の場合と本件申請とでは敷地の範囲についての考え方を異にすることの当否、さらには大蔵省から本件土地の払下げを受けた際に付された条件の有無などが問題として取り上げられたり、指摘や質問をするなどの対応があり、本件許可申請に対しては容易に許可がなされるものではない旨が次第に強く示唆されるようになった。そして、同年八月三〇日、知事から被告に対し、市民ホール等を風致地区内に建設することは好ましくないとの意向が伝えられ、さらに、知事が同年一〇月六日及び七日の県議会において、文化会館新築許可に付された条件により本件予定地内には新たな建築物の建築は一切できない旨の発言をするに及んで、被告は、本件事業の遂行を断念することを決め、同月一七日の市議会全員協議会においてその旨正式に表明した。なお、県都市整備課の職員は、同年一〇月一五日及び同月一七日に、風致地区内行為許可を得られない理由の説明を求めた市公園緑地課の職員に対し、本件予定地内に市民ホールを建設することが文化会館新築許可時の条件に符合しないことを、その理由として挙げた。

(一五)  被告は、右(一四)の経過の中で、本件許可申請に対する知事の許可が受けられる見込みについて疑問が生じたことから、昭和六三年七月二六日に受託組合の委託設計業務を中断させ、同年一二月一日に受託組合との間で建築設計委託契約を合意解除したが、その際、受託組合の右契約に基づく設計業務の既履行部分を九五パーセントとして、これに相当する部分の設計委託料支払義務のあることを承認し、同月八日、被告の補助職員である主管の課長は、専決権限に基づき、六五八二万六〇〇〇円の支出命令をし、同月一三日に右金額が支出された。

以上の事実を認めることができる。

4(一)  右3の事実関係によれば、本件事業は、風致地区条例に基づく風致地区内にある本件土地内に市民ホール等を建設するというその目的上、その建築が新築又は増築のいずれに該当するものであったにせよ、知事の風致地区内行為許可を受けることを必然的に要する関係にあったことは明らかである。そして、建設を予定された市民ホール等は、その建物の高さが二八メートルに達するのであるから、この一事のみによっても、六条の基準を満たさず、したがって、風致地区内行為許可を得るためには、六条ただし書きの適用を受けることが必要となるものであるが、そのほかにも、本件事業には、風致地区条例との関係で、本件予定地が文化会館新築許可申請においてその敷地の一部分とされており、かつ、文化会館新築許可に付された条件が、本件予定地の全部又は周縁部に植樹することを義務付けたものと解される余地があること、敷地の範囲についての捉え方又は建物割合の計算方法如何によっては、建設を予定された市民ホール等の建築面積が六条の基準を満たさないと解される余地もあることなどの問題が内包されていたものということができる。

しかしながら、仮に市民ホール等が六条の基準を満たさなかったとしても、建物の高さの場合と同様、六条ただし書の適用を受けることができれば問題が解消することはいうまでもなく、さらに、本件予定地が文化会館新築許可申請においてその敷地の一部分とされており、あるいは、仮に文化会館新築許可に付された条件により本件予定地の全部又は周縁部に植樹することが義務付けられたものとしても、これらの点については、知事が市民ホール等の建設につき風致地区内行為許可をする場合であれば、その前提として、裁量により明示的に又は黙示的にこれを変更することが可能であると解されるから(なお、〔証拠略〕によれば、風致地区内における建築等の規制の基準を定める政令(昭和四四年政令第三一七号)の解釈等につき、建設省都市局都市計画課が解説をした「風致地区内における建築等の規制に関する条例について」は、建築物の高さを一五メートルに制限する根拠につき、成長した高木によって建築物が見え隠れする程度にまで隠すことができ、全体として緑に富んだ景観を保つに足りる程度を考えたものである旨の解説をしていることが認められるが、土地の状況、建築物の形態、意匠等により右の高さの基準による必要がない場合があることは右政令自体が容認するところであり、また、風致地区条例の六条ただし書もこれに従っているのであって、その場合には右解説のような状態となることも必要なくなることは明らかであるから、右政令の存在あるいは右解説の記述によって、知事が右変更をすることが妨げられるわけではない。)、結局、本件予定地に市民ホール等を建設するにつき風致地区内行為許可を得て本件事業を完遂することができるかどうかは、知事の裁量判断にかかっていることになり、本件事業に前記のような問題があったからといって、本件事業の目的である市民ホール等の建設が不可能であったということはできない。

(二)  ところで、本件許可申請の事前審査に当たった県都市整備課の職員が、昭和六三年五月一六日に問題として最初に取り上げたのが、文化会館新築許可に付された条件による本件予定地内の植樹の必要性についてであること、同年一〇月六日及び七日の県議会において、知事が、文化会館新築許可に付された条件により本件予定地内には新たな建築物の建築は一切できない旨の発言をした趣旨も、右同様、本件予定地内に植樹する必要性を指摘したものと解されること、建物の高さが六条の基準を満たさないことについては、少なくとも静岡県側から直接静岡市の本件事業担当部局職員に対し、問題として指摘したような形跡が窺えないこと、建物割合が六条の基準を満たさないと解される余地があることについては、昭和六三年七月二三日以降県都市整備課の職員から問題として取り上げられてはいるが、仮に建物割合が右基準を満たさないとしても、その程度は僅少であり、これについて六条ただし書の適用がないものとしても、市民ホール等の建築面積を多少減じれば解消できるはずであるのに、静岡県側からそのような指導がなされた形跡はないこと、これに対し、仮に文化会館新築許可に付された条件により本件予定地内に植樹する必要性があり、かつ、知事が右条件の変更をしないとすれば、本件予定地に市民ホール等を建設することは不可能となり、設計を修正する程度では対応できないから、静岡県側からの計画修正の指導がなくとも奇異ではないこと、などの諸事情を併せ考慮すると、静岡県側が本件許可申請に対し許可をすることができないとした最大の理由は、静岡県側においては文化会館新築許可に付された条件により本件予定地内に植樹をする必要性があると理解したうえで、右条件を変更することは相当ではないと判断したことにあるものと推認される。そして、昭和六三年五月一六日に市社会教育課、市公共建築課及び市公園緑地課の職員が県都市整備課の職員からその点についての指摘を受けたのであるから、被告ないし静岡市の本件事業担当部局の職員は、本件予定地内に市民ホール等を建設するにつき右の点が問題となり得るということ自体は、そのころまでに認識したものと認められる。

(三)  しかしながら、右3のとおり、本件予定地は、文化会館建設当時、市営駐車場として利用されており、その建設完成後も、西側半分はそのまま市営駐車場として(昭和五七年三月ころからは公用駐車場として)の使用が継続して本件事業の準備段階にまで至り、また、東側半分については、知事の許可を得たうえで建築物の建築がなされ、昭和五三年四月から昭和六二年一〇月まで右建物が存在していたにもかかわらず、静岡県側から静岡市側に対して、本件予定地に植樹することを求めるなどの要請がなされた事実は何ら窺えないこと、昭和六二年一月に市公園緑地課の職員が県都市整備課に赴き、本件事業の目的として本件予定地に建設しようとする市民ホール等の高さが六条の基準を満たさないということを説明して、風致地区内行為許可がなされる見込みについて打診し、併せて必要な措置等についての助言を仰いだときにも、県都市整備課の職員からは、右許可を受けられる見通しがあるとして設計図面等許可申請書の添付の準備を遺漏なく行うべき旨の助言があったほかには、特段の助言や指摘がなかったこと、本件予定地内において埋蔵文化財発掘調査(本調査)を行うため、昭和六二年八月一八日付で被告から知事宛てに提出され、同年九月一日付で受理された通知書の記載によって、右発掘調査が本件予定地に市民ホール等を建設するために行うものであることが明示されているのに、静岡県側から静岡市側に対し何らの指摘や注意等もなされなかったことなどに照らすと、被告ないし静岡市の本件事業担当部局の職員が、文化会館新築許可に付された条件によって本件予定地の全部又は周縁部に植樹することが義務付けられたものと解される余地があって、本件予定地内に市民ホール等を建設するにつきこの点が問題となり得ることを昭和六三年五月一六日ころに認識したからといって、その時点で直ちに、この問題によって、市民ホール等の建設につき風致地区内行為許可を得ることが極めて困難であることを予測し得たものとは到底いうことができず、右各事情に鑑みれば、その当時においては、むしろ、知事の裁量により右条件の変更を得て本件予定地内に市民ホール等を建設し得るものと期待する方がより合理的であったものと解される。

(四)  その後、昭和六三年八月一九日までの経緯においては、市公園緑地課から本件許可申請にかかる申請書の進達を受けた静岡土木事務所が、同年七月二二日にこれを返戻するなどのこともあったが、その理由としては協議が整っていないことが挙げられていて、必ずしも本件許可申請に対し許可しない旨が明確にされた訳ではなく、また、その直前である同月一一日には、静岡県側は静岡市側に対し追加資料の提出を求めており、さらに同月二三日以降は、県都市整備課が本件許可申請の建物割合に関連する問題を取り上げていること(仮に本件許可申請にかかる建物割合が六条の基準を超えることになり、かつ、六条ただし書の適用を受けられないとしても、市民ホール等の設計を修正して建築面積を多少減ずれば対応できることは前記のとおりである。)などを考慮すると、右の段階においても、未だ、本件予定地内に市民ホール等を建設するにつき風致地区内行為許可を得ることが極めて困難であることが合理的に予測されるような段階に至ったものということはできない。

(五)  そうすると、結局、被告ないし静岡市の本件事業担当部局の職員において、本件予定地内に市民ホール等を建設するにつき風致地区内行為許可を得ることが極めて困難であることが合理的に予測されるに至ったのは、昭和六三年八月三〇日に知事から被告に対し、市民ホール等を風致地区内に建設することは好ましくないとの意向が伝えられた時点以降であると解するのが相当である。

もっとも、右の時点でも、被告ないし静岡市の本件事業担当部局の職員において、本件予定地内に市民ホール等を建設するにつき風致地区内行為許可を得ることが困難であることの理由まで明確に了解したものとは認め難いし、また、そもそも、文化会館新築許可に付された条件によって、本件予定地内に植樹することが静岡市に義務付けられたとする静岡県側の理解が正当であるかどうかについて疑問の余地が全くない訳でもないが、市民ホール等が建物の高さの点において六条の基準を大幅に超えており、この点で、六条ただし書の適用を受けなければ、風致地区内行為許可を得ることができないことは明らかであるところ、六条ただし書は、その要件が極めて抽象的な文言によって構成され、したがって、要件該当性の判断の部分で知事の裁量判断の余地が大きいものと認められることからして、右のような知事の意向が伝えられた以上、理由はともあれ、右許可を得ることが極めて困難となったと予測することに合理性はあるものというべきである。

なお、原告らは、知事には、本件予定地に新たに建築物を建築することについて、風致地区内行為許可をする意思は当初から全くなかったのであるから、知事の意思を確かめないまま、本件予定地に市民ホール等を建設する計画をたてたこと自体がそもそも誤りであると主張する。しかし、知事には右許可をする意思が当初から全くなかったことを認めるに足りるだけの証拠はないのみならず(昭和六三年八月三〇日に、知事から被告に対し市民ホール等を風致地区内に建設することは好ましくないとの意向が伝えられたこと、及び同年一〇月六日及び七日の県議会において、知事が文化会館新築許可に付された条件により本件予定地内には新たな建築物の建築は一切できない旨の発言をしたことは右3のとおりであるが、かかる事実から、知事が昭和六二年当初ころの本件事業にかかる作業の開始されたころにおいても、右許可をする意思が全くなかったとまで推認することはできない。)、右許可権限を有しているのは、行政庁であり、静岡県の行政当局の長としての地位を有する知事なのであるから、右3のとおり、静岡市の本件事業担当部局の職員が、本件事業にかかる作業を開始する段階から、静岡県の行政組織上の担当部局と協議することによって右許可のなされる見込みの有無を確認しようとし、右行政組織を無視してまでいきなり知事の意思を確かめるようなことをしなかったからといって、それを誤りとして非難される謂れはない。したがって、原告らの右主張は到底採用し難い。

5  ところで、請求原因2の各支出負担行為及び支出命令のうち、昭和六三年八月三〇日よりも後に行われたのは、昭和六三年一二月八日の設計委託料六五八二万六〇〇〇円の支出命令並びに同年九月二二日ころの物品購入等費用一四〇〇円の支出負担行為及び支出命令のみである。しかしながら、本件事業を継続して遂行してきた被告が、中途で、その達成が不可能であることが判明したことにより事業の継続を断念したとしても、その事業の中断に伴ういわば後始末のために、なお、公金の支出を目的とする行為をせざるを得ない場合があることはいうまでもなく、かかる公金の支出を目的とする行為は、それが本件事業の達成不可能が判明した後のものであるからといって、違法とされるものではない。

しかして、右一の争いのない事実及び右3の事実によれば、昭和六三年一二月八日の設計委託料六五八二万六〇〇〇円の支出命令は昭和六三年四月一六日の支出負担行為に基づいて負担した債務を、本件事業の中断に伴い清算するためになされたものであることが明らかであり、また、右3の事実経過及び弁論の全趣旨によれば、同年九月二二日ころの物品購入等費用一四〇〇円の支出負担行為及び支出命令も、本件事業の中断と関連する後始末のためのものであることを窺うことができる。

6  以上によれば、請求原因2の各支出負担行為及び支出命令を違法であるとする原告らの主張は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

三  よって、本件訴えのうち、昭和六二年一一月二六日支出にかかる設計委託料金八〇〇万円、昭和六三年五月六日支出にかかる設計委託料金一三八三万円、同年三月一六日支出にかかる地質調査委託費金一八〇万円及び同年六月二五日までの支出にかかる調査旅費金一三万六五〇〇円に関する部分の訴えは不適法であるから却下することとし、その余の訴えにかかる請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒川〓 裁判官 石原直樹 森崎英二)

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